| 語りかける銅像やアート |
| ◆圧倒的なロダン作「考える人」◆ |
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| 古都の風趣とは対照的に、フランス17世紀の華麗なバロック様式を取り入れた国立京都博物館は、東山の自然に調和し美しい景観を作り出している。その庭園に建つのがフランスの彫刻家・ロダンの代表作(1840〜1917)『考える人』である。今では単独の像として有名だが、本来は『地獄の門』という巨大な作品の一部分であったとか。 赤煉瓦の建物を背景にした重厚な彫刻美には、圧倒されそうな迫力を感じる。 場所 東山七条角 前に三十三間堂がある。 |
| ◆皇居を遥拝する高山彦九郎の像◆ |
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| 三条大橋の東詰めに建っている。江戸時代、三条大橋は東海道五十三次の起終点に当たり、往事の都の出入り口であった。高山彦九郎正之(1747〜1793)は群馬県出身の武士で、十八才の時から前後五回上洛していたが、京都に出入りする際には必ず、橋の上に正座し京都御所に向かって遙拝したのである。京の町人はもとより、明治維新を成就した勤王の志士たちも、この姿を心の鑑と仰いだという。 場所 三条大橋東詰め |
| ◆弥次さん喜多さんの像◆ |
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| 三条大橋の西詰め、橋の擬宝珠を背景におどけたポーズで建っている。これは江戸時代後期に十返舎一九が書いた滑稽本『東海道中膝栗毛』の主人公・弥次さん喜多さんの二人が、突飛な行動やユーモア溢れる失敗を重ねながらの東海道旅日記で、庶民の喝采を浴びた小説である。 歴史を刻んだ三条大橋の東に高山彦九郎、西に弥次喜多珍道中と古都ならではの風物詩がここにある。 |
| ◆新撰組局長・近藤勇の像◆ |
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| NHK大河ドラマ『新撰組』のブームで、普段は人影も少なかった壬生寺一帯に連日、観光客が押し寄せている。この寺は当時、新撰組の兵法調練場として使われ、武芸や大砲の訓練が行われたという。 境内の壬生塚には写真の胸像とともに遺髪塔、屯所で暗殺された芹沢鴨、池田屋騒動で死んだ新撰組隊士らが葬られている。 なおこの寺の七百年の伝統行事・壬生狂言(重要無形民族文化財)は有名で、毎年春と秋の二回、盛大に行われている。 交通 市バス四条通り壬生川下車。 |
| ◆歌舞伎踊りの祖・出雲の阿国像◆ | |
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| 四条大橋の東詰めに平安建都1200年を記念して建てられたもの。伊達男風の扮装できりりと舞う姿は、鴨川の流れに映えてひときわ美しい。 そもそも阿国は1603年(慶長8年)出雲の出身で、四条川原で先鋭的な『かぶきおどり』を披露、関ヶ原合戦後のすさんだ世に都人を驚かせ、絶大な喝采を浴びたが、江戸時代、風紀を乱すと女歌舞伎禁止令が出てからは男が女形を演じるようになり、今日の歌舞伎に発展したという。 四条大橋の東側一帯が祇園、目の前には南座があり、師走の顔見せ興行は有名。 |
| ◆五条大橋の牛和歌丸と弁慶◆ |
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| 比叡山最強の僧兵といわれた弁慶は、自分の腕試しに夜な夜な京都に現れては道行く武士たちに挑み、勝てば相手の刀を戦利品として取りあげていた。その数999本、あと一本で千本という夜、出会ったのが後の源義経の牛若丸であった。弁慶が大薙刀で斬りつけるのを、ひらりひらりとかわし、欄干の上から笑う牛若丸に、さすがの弁慶もついに降参、その家来になったという話は余りにも有名。 この五条大橋西詰め辺りは、国道一号線の要衝として交通量も多く渋滞も激しいところだが、まるで童話の世界のような京人形風の石像に、思わず心が和むことだろう。 |
| ◆勤王の志士・坂本龍馬の像◆ |
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| 円山公園の池の奥に建っている。京の町を見下ろすように立つのが坂本龍馬で、その脇に座っているのが中岡慎太郎の像である。共に京を舞台に維新回天の偉業を達成、最も重要な業績を残しながら惜しくも大政奉還のすぐあと、慶応3年旧幕士のために倒れた。32才。 中岡慎太郎もまた、陸援隊長として薩長同盟の達成に尽力したが29才の若さで亡くなっている。 円山公園は四条通りの東詰め、八坂神社の奥にあるが、北には知恩院から平安神宮へと続き、南へ行けば『ねねの道』を通り高台寺、清水坂へ。円山のしだれ桜は有名。 |
| ◆疎水に立つ「巨大な輝き」◆ | |
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| 東山・南禅寺のあたり、秋の陽を浴びて金色の像が輝く。これは明治45年、琵琶湖の水を京都に取り入れようとした途方もない大事業の記念碑である。当時はブルドーザーも削掘機もない、すべてが人力のみの工事で、巨額の外国債を資金とし延べ数千万人の工夫が、四年の歳月をかけ隧道と水路を堀り進んだのであった。この疎水開通で東京遷都後の沈滞から甦った京都は、豊かな水量を利用して発電所を起こし、日本で初めての市電を走らせたのは有名。 像は水門を開けようとする男の躍動する筋肉美と、開かれた水門から溢れ出る永遠の恵みに対する感謝の気持ちを形にしたもので、現代失われてしまった人間の力のたくましさを象徴して、見る者の心を打つ。 交通…地下鉄東西線・蹴上駅下車、徒歩5分。 |
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| ◆エスタンピーダ◆ | |
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| 京都市民の恵まれた憩いの場である宝ヶ池公園。池の周囲1.5キロは格好の散策の道。静寂な水面は四季に変わる山影を映して、東に近代建築美を誇る国際会議場と霊峰・比叡の全貌が美しい。 その西側の一画に立つアート。躍動する三頭の悍馬の嘶きが、今にも聞こえそうである。これは京都市とメキシコ・グアダハラ市との姉妹都市提携10周年を記念して、グアダハラ市から寄贈されたもので、近代彫刻家ホルヘ・デ・ラ・ペーニヤ作。 交通…地下鉄・宝ヶ池終点下車。国際会議場を経て宝ヶ池公園に。 |
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| ◆野外の『彫刻の森』◆ | |
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| 京都の北、山と木材の宝庫・京北町。この森に京都府立ゼミナールハウスがあることを知る人は少ない。その広さは9万平方メートル。大自然の中、野鳥のさえずりが聞こえる園内には『緑と造形のハーモニー』と謳った数々の彫刻群が、入り口から続く坂道の両側と広場周辺に点在している。その数50数点。普段観賞することの多い屋内に比べて、大自然の中にある彫刻群はまるで陽の中を舞い降りたかのように、生き生きとして輝いていた。 これらは京都彫刻家連盟に所属している人々の作品で、森を背景に斬新な造形や幾何学的な作品、そして美の極地といわれる女性像など、その一つ一つが訴えかけて来る未来への夢、ユーモア、生命の息吹、情感、風の音など、渾身の力作がのびのびと人々を魅了してやまない。 また、この府立ゼミナールハウスはもともと、大学のゼミ合宿や社会人の各種研修など、生涯学習による心の交流の場として建てられたもので、快適な宿泊施設のほか、テニスやバレーボール、サイクリング、キャンプ、バーベキューなどの施設も完備しており、春のしゃくなげ、秋の紅葉など、自然環境も抜群である。バスの所要時間1時間半。少々遠いが、ぜひ訪ねて欲しい見どころである。 問い合せ…京都市右京区京北下中野 電話077-154-0216 交通…京都駅からJRバス『周山行き』で『下中』下車。 |
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| ◆愛をモチーフにした石像群◆ | |
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| 上賀茂神社から東へ。カキツバタで有名な太田神社のすぐ隣り。愛染倉(あぜくら)と書かれた暖簾の下に、男女が寄り添う石の彫刻が人目を引く。民芸風の門を入ると、裏山を取り込んだ庭には四季の花々が咲き、江戸時代後期の酒蔵を移築したという風変わりなレストランがある。 大自然そのままの風情を残した2700坪の庭園。可憐な花陰に、節目も鮮やかな孟宗竹の小道に、ひっそりと点在する70体の石像群は、私たちに何を語りかけているのだろう。 これらの彫刻は故・鈴木政夫が染め呉服の老舗・愛染倉にちなんで、すべて『愛』をモチーフにして制作したものだという。即ち、男女の愛、夫婦の愛、親子の愛、そして友情愛。微笑ましい石像を眺めながら、現代の私たちが忘れかけていた深く美しい情愛を改めて教えられた感じである。 一年を通じて四季の色どりも美しく、六月下旬には珍しい沙羅の花も咲き、竹林の色もより冴えるという。裏山の道をたどると古い茶室があり、そこからの眺めは抜群。東の大文字山やすぐ南の植物園の森、西山の山並みまでが一望出来る。 交通…市バス、上賀茂終点下車、東へ徒歩10分。 |
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